熊猫日誌

熊猫の記憶の物置

恋しい空間のこと

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6月11日、滝本晃司さんの初の配信ライブが開催された。

「下北水中ライブ」は月例ライブである。
その会場である下北沢leteは、25人前後で満席という規模のカフェバー。ここを営んでいる町野さんが滝本さんにお声がけして始まったのが、この「下北水中ライブ」というシリーズなのだという。

私が初めて行ったのが2011年3月26日で、その時ですでにVol.82だった。
あの時の安心感は、忘れられない。
あまりよく知らない街を、しかも震災後で薄暗い中を不安な気持ちで歩いた先に、温かい灯りを洩らす店を見つけた時の安堵。中には大好きなひとと音楽があった。
またそこに浸りたくて、次の予約も入れた。
ここで若い頃に体験したライブの楽しさを思い出してしまった私は、ライブ通いを再開。今に至る。

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leteは地下にあるお店ではない。街中にありながら、周辺の緑の配置などから天候や季節をダイレクトに感じることができる。そこで季節に合った歌を滝本さんが歌う。何とも贅沢。
滝本さん以外でも、好きなアーティストが出演する時はお邪魔している。
今では他のライブハウスにも行っているし、好きなお店もかなり増えたものの、やはりここには格別な思いがある。

この新型コロナ禍の早期に、ライブハウスが槍玉にあげられた。たくさんのお店がすぐに休業を強いられ、フードのテイクアウト営業をしたりドネーションを募ったりなどの策で、この苦境を乗り切ろうと頑張っている。私も数件(できる範囲で)応援させてもらっている。どこの箱の灯も消してはならない。
けれどleteは沈黙していた。ように見えた。
どこのライブハウス支援にも名前を連ねていないし、自らドネーションを募ることもなかったと思う。私が見落としていなければ。

考えに考えて、予約していた下北水中ライブを泣く泣くキャンセルした3月下旬、その翌日にライブ自体が延期になり、振替日を設定したから予約をどうするかとメールが来た。キャンセルした客にも連絡をくれたことに感動し、振替日での予約をお願いした。
しかしその日も開催できなくなり、また延期。
leteは、その都度連絡してくれた。
「開催できずに申し訳ない」という気持ちのこもった真摯な文面。もちろんこれはお店のせいではない。むしろ出演者や客の安全を第一に考えての判断に、心から感謝している。

やがてずっと止まっていた町野さんのTwitterが動き出した。
お店の改装を進めている。「よかった、再開の日を待って準備中なのね」とだけ思っていた。
まさか配信の準備もしていらしたとは。

実は私は配信を自宅で観るというのが、どうも性に合わない。理由は映画について書いた過日のブログを参照のこと。→『映画を観るのが実は好き
だから配信のニュースに手放しで喜んだわけではなかった。

正直なところ、はじめはガッカリしていた。
私だけでなく、ライブハウスに足繁く通うひとにとっては、配信は物足りなさがあるのではないだろうか。あの空気に触れたい。大好きなひとと音に満ちた空気に漂いたい。
ようやく行ける!と思っていたのに。
なのに。
実際6月1日より店舗は再開し、数件ライブも行われていた。だから11日の下北水中ライブは有観客で開催されると、勝手に思い込んでいた。

それでもお店と出演者とで相談を重ねて、その結果が「無観客配信」なのであれば、ファンとしてはそれを受け止めるしかない。
そしてこれが現状なんだろうとも気付いた。
毎日片道1時間半かけて通勤していて、幸い無事だったから、気持ちが緩み始めていた。誰も「もう安心安全」とは言っていない。
そんな中なのに、ライブを私たちに届けてくれるために自宅を出てくれる。心配だけどありがたい。
それに、私もそろそろ限界が来ていた。どんな形でもいいから、滝本さんのライブを観たい!、と。

気持ちを切り替えると、あとはワクワクが待ち構えていた。
この日は少しでも集中できるように、寝室に譜面台を設置し、そこにタブレットを置いた。コメント(拍手)を送るのはスマホで。飲み物も準備。部屋は暗くした。
定刻に視聴ページを見ると、音楽が流れていた。お店セレクトのBGM。
いつものleteでのライブ待ち時間が再現されていた。


これを書いている最中はまだアーカイブを観られるし、購入もできるから詳細は書かないが、思っていた以上に“いつもの下北水中ライブ”だった。

西脇一弘さんの湿気のある静かなイラストを背に、譜面に視線を落として歌う滝本さん。いつも通り。
定点カメラなのもよかった。このお店では、魅せるためのカメラワークは必要ない。そもそもライブに行けば、見える光景はたいてい定点だ。

滝本さんは最初はやりづらそうではあったけれど、やはり歌うことを愛している方なのだと思った。魚が豊かな水の中を悠々と泳ぐように、歌う。奏でる。話す。そして微笑む。
「楽しそう」と、嬉しくなった。

歌うひと奏でるひとはそうすることで息を吐き出せて、客はそれを観聞きすることで息を吸える。
私たちはそうしてはじめて呼吸ができるイキモノなのだ。たとえそれが配信という形であっても。

観終わって満足して、そして、私はやはりまたあの空間に焦がれいる。
早くあそこに行きたい。leteに行きたい。あの水の中で漂いたい。
ほうじ茶ラテも、ステージ横の異世界のようなレイアウトのトイレも、お尻が少し痛くなるあの椅子すらも、すべてが恋しい。

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とてもよい配信ライブだった。

滝本さんは配信について、どうお考えだったんだろう。
でも初めての配信はleteがよかったとコメントもあったし、興味はあったのかもしれない。

出演者にも客にも愛される箱。
私はそんな下北沢leteが好きだ。

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追記。

ふだんライブに行きたくても行けないファンでも観られるという点で、配信はよい手段だと思う。
年齢や距離などの問題、また仕事や家事、小さなお子さんを抱えていたり、介護など、理由は多種多様。
色んな方が言っているけど、「有観客配信ライブ」という形も有りだと思う。 
現場と配信のハイブリッド。
現場で見るひとは3000円+ドリンク、配信は2000円とかにして。
行ってみたかったけど、イマヒトツ踏ん切りがつかなかった方々のための、お試しとしてもよいかも。