熊猫日誌

熊猫の記憶の物置

卑屈でごめん。

すぐに記事を削除するかもしれない。

私は楽器に対して、コンプレックスがある。
弾ける楽器はひとつも無いのだけど、弾けないことについて申し訳ない気持ちが強い。
そして弾けない自分にも、腹が立つ。

練習していての感情ならまだしも、しない状態でこれ。練習していないなら、出来なくて当たり前。練習すればいい。
けど、練習する気になれない。どうしても。

楽器の練習をする時間があるなら、もっとお話を書きたいし、絵も描きたい。というのが一番の理由。だけど、かといってお話を書いているのか絵を描いているのかと問われれば、違う。そちらはもう永いことスランプ状態。

数年前に、ベースを習っていたことがある。
たまから柳原さんが抜けた後のキーボードをつとめた斉藤哲也さんのレッスンを、数回受けていた。鍵盤はしっくりこなかったけれど、「それじゃこっちは?」と渡されたベースがなんだか合っていた。中古のを自分でも購入して、それを背負ってレッスンに行っていた。
レッスンは楽しくて、それなりに練習していたと思う。

けれど、他の生徒さんたちと合奏をし始めたあたりから、楽しくなくなった。
「うまくなくて、ごめんなさい」と思うようになった。
そこで知り合った方が、私のことを知っていた。「ライブによく行かれている方ですよね?」と訊かれ、そうですと答えた。彼女も行っていたらしい。過去形。何故かと言うと、「ライブに行くよりも、今は自分で練習したいと思うようになったから」らしい。
そう思うこともあるんだろう。ひとそれぞれ。それはわかる。けど、「そのくらいの覚悟で練習しないと、この中では弾けないのかもしれない」と思った。

もっと時間を割いてレッスンに行き、自宅でも練習しなければならない。
でないと、他の皆さんの迷惑になる。
ライブに行かないで練習しなければいけない。

そういうことじゃないとはわかっていたけれど、そんな気がして仕方なくなった。

夫も友人も、練習に付き合ってくれたりもした。けれど、すぐにそれも無くなった。仕事の都合とか、そういうことだとわかっていたけど、「私が下手だから、一緒にやりたくないんだろう」と思った。素人に時間を割くよりは、自分の練習の方が大事だから。
やがて諸々の事情も相俟って、レッスンはやめてしまった。

ここまで書いて、つくづく卑屈だなぁと思う。
でもこういう性格なのは仕方ないし、直せと言われたら言った人からは離れるしかない。おかしなプライドだけは立派。

先日、ふと囲碁をやってみようと思い、夫のアドバイスで某アプリをスマホに入れて、練習し始めた。将棋はわかる。けど囲碁のルールは、なかなか頭に入って来なかった。今は何とかわかるけど、対戦できるレベルではまったく無い。
夫は私が理解できないのが、わからないようだった。

これ、過去に似たようなことがあったな、と思った。
何人かと楽器を持ち寄って遊んだとき、「ミキさん、次はC!」と指示された。けど咄嗟にCを思い出せなかった。頭が真っ白になったまま。楽器を投げ出して逃げたくなった。「わかんないよ!」と逆ギレした。
そしてさらに記憶は遡る。

小学生の頃、音楽クラブに入った。
フルートをやってみたかった。けど数本しかないのに、希望者がかなり多かった。そうなると自分で買って準備するしかない。
母にお願いしてみた。本当なら私にピアノかバイオリンを習わせたかったと言っていたから、買ってくれるかもしれないと思って。けど家族で楽器店に行って値段を見て、母は怯んだらしい。
「どうせ上手く吹けないんだから、諦めなさい」
代わりに歌謡曲のレコードを数枚買ってくれて、「これならすぐ聴けるでしょ。楽器は上手く弾けないんだから他の子に譲りなさい」と。
レコードは嬉しかったけど。
結局クラブであてがわれたのは、他になり手がいなかった大太鼓。
バレエをやっていたおかげでリズムを取るのは好きで、だから太鼓は面白かったけど。

そういえば万事がそうだったなー。
裁縫やら編み物やら料理やら。母には必ず「そうじゃないでしょ」とダメ出しされた。何かしら文句をつけないと気が済まない性格なのだけど、私は彼女から一度も褒められたことがない。
むしろ「どうして(すぐに)上手くできないの?」と責められた。
テストで良い点を取って学年5位に入っても、最初に言われたのは「どうして1位になれなかったの?」だった。
漫画を描いて準入選した時も、「もう気が済んだでしょ」と、早く結婚相手を探すかちゃんとした会社に就職することを求められた。
40過ぎで初めてショートショートが入選して、単行本に収録された時も、「まだそんな実にならないことをやってたの?」と言われた。本を渡そうとしたけど、「そんな素人の話は面白くないから」と突っ返された。

何でもかんでもすぐに上手く出来ないといけないって、いつの間にか思い込んでた。
もちろんすべて母のせいでは無いし、私の元々の卑屈な性格も悪いんだけど。
上手くできないことに対して、恥ずかしい。申し訳ない。
だから夫とか友だちから教わることができない。

囲碁もすぐに理解できなくて、夫に申し訳なくなった。
気がついたら、涙が止まらなかった。

「なんで泣いてるの?!」と驚く夫に、泣きながら説明をした。
けど理解できなかったらしい。「それ、泣くほどのこと?」と言われて、自分がおかしいんだろうとわかった。「母と娘の間には、色々あるって言うからなー」とか何とか言ってたけど、他人(配偶者だけど)に理解を求めたのが馬鹿だった。
きっと私のこの性格は、死ぬまでこうだろうと思う。

今友だちの一人が、私にウクレレを作ってくれている。
本当にかわいらしくて、音も良くて、楽しみ。コロナのせいでなかなか会う機会が無いから、受け取ることができないでいる。
でも受け取れたとしても、弾けずに部屋のオブジェになるだけでは?と思う。ベースと一緒に、部屋にただあるだけ。それが今から申し訳ない。
私なんかよりも、もっとかわいがってくれそうな人の手に渡った方が、ウクレレにとっても幸せだろうに......。